リージョナルHERO

リージョナルキャリアで転職し、現在宮城で活躍している方をご紹介します。

スーパーの店長から建設業界の管理部門へ。働き方重視のUターンは大成功。

株式会社タカカツホールディングス 森田宏さん(仮名) 34歳

大学卒業後に地元の宮城を離れ、北関東のスーパーチェーンで働いていた森田宏さん(仮名)。若くして店長を任され多忙ながらも充実した日々を送っていた時、東日本大震災が故郷を襲い、「宮城へ帰ろう」との思いが頭をもたげた。さらに、森田さんが本気で転職を考えたのは、4歳の娘の涙。短期間で転居を伴う異動を繰り返す働き方に限界を感じ、家族に負担をかけない仕事を探そうと決心したのだ。10年間の流通業界でのキャリアには全くこだわらず、異業種・異職種に飛び込んで1年。「いい選択をした」と言う森田さんにお話をうかがった。

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IT業界最先端の現場は卒業。石材会社の社内SEへの転身は大成功。

松島産業株式会社 関根聡さん(仮名) 33歳

情報通信会社でインフラ・ネットワーク設計に携わって8年。業務請負という仕事の形態の中で、「自分の成長は頭打ちになるのでは」と感じていた関根聡さん(仮名)は、35歳を前に転職に踏み切る決断をした。考えていた転職先の条件に「『これでもか』というくらいピッタリだった」という仕事と出会い、業界としては全く畑違いの石材会社へ。新たに立ち上げられた社内専属SEというポジションで、自分の力をのびのびと発揮するリージョナルHEROをご紹介する。

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40代に入って決断した新たな挑戦。自分にしかできない仕事を求めた転職。

株式会社陣中 田宮ゆり子さん(仮名) 43歳

はじめに手にした仕事は上場企業の研究室での補助、庶務職。面白い仕事でそれなりのステータスもあったが、もっと外の世界を見たくて自動車ディーラーへ。出産を経て復職した次の会社は創業間もなく、立ち上げ・急成長の時期を経営中核の一人として支え続けることになった。そんな田宮さんが40歳を過ぎて新たなチャレンジの道を選んだ。安定よりも、収入よりも、刺激や仕事の手ごたえを求めた転職活動。いまそのステージを手に入れてワクワクしている様子が手に取れる田宮さんが、仕事に何を求め、何を喜びとするのか話して頂いた。

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両親のそばに帰れるだけでもよかったのに、大好きな仕事までゲット。

建設コンサルタント業 田中美江さん(仮名) 39歳

田中美江さん(仮名)は、宮城県出身。だが北関東の大学で学び、そのまま県内の設計事務所に就職。「両親のために、いつかは地元に帰りたい」と思っていたものの、日々の忙しさに追われて、15年以上、同じ地で建築設計を続けてきた。だが気がつけば、自分もまもなく40歳。両親もそれだけ歳をとってきた。「今が決断するタイミング」と見定めた田中さんは、転職を決意。「地元に帰れるなら、どんな仕事でもやる」と心に決めて、転職サイトに登録した。さまざまなオファーメールが届いたが、メールの文章に好印象を持ったリージョンズに返信。面談を経て紹介されたのは、土木設計の仕事だった。「分野は違うけれど、設計は大好きな仕事。ラッキーでした」と話す田中さんは、こうも話す。「地方に仕事はない、という人もいますが仕事はあります。思いこみやこだわりを捨てれば、チャンスは飛び込んでくるはずです」。

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大好きな東北へ!Uターンを機に、あこがれの仕事にも挑戦。

株式会社たびのレシピ 井上沙織さん(仮名) 26歳

井上沙織さん(仮名)は福島県の出身。宮城県にある大学へ進学し、卒業後は山形県本社の製造業に新卒入社したという、生粋の東北人だ。しかし、最初に配属されたのは東京。「勉強のため」と自分を奮い立たせ、東京でがんばって働いていたが、離れてみて改めて地元・東北の良さを強く感じるようになったという。また、転勤が非常に多く、東京から大阪へ、大阪から再び東京へ、次に京都行きを命じられたとき、東北に戻りたいという思いが、決意に変わった。「辞めます」と会社に伝えたことで、自分自身のモヤモヤした気持ちが吹っ切れ、転職活動へのスイッチが入ったという。しかも、長年の憧れだった旅行代理店への転職に成功。「転職には勢いも必要ですよ」と話す井上さんに体験談をうかがった。

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大手企業で出世するよりも、大手企業での経験を地元に還元したかった。

株式会社福田商会 太田健次さん(仮名) 38歳

太田健次さん(仮名)は、元大手金属メーカーの営業。国内のみならず、アメリカの現地法人でもセールマネージャーとして活躍し、将来を嘱望される存在だった。だが、太田さんの胸に常にあったのは、ふるさと宮城のこと。特に東日本大震災以後は、宮城の活性化のために自分の経験を活かしたいという思いが強くなったと言う。新たな異動の辞令がおりたことを機に、Uターンを決意。選んだのは、小さいながらも地場で堅実に歩んできた商社だった。仲間と一緒に倉庫作業などにも汗を流しながら、経営企画室室長として会社の新たな成長戦略づくりに挑んでいる。「宮城が被災地として外から助けられてきた時期はやがて終わる。今度は外で学んできた自分が、宮城に新しい仕事を生み出していければ」と夢を語る。

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「やりたい仕事は東京にしかない」という想いを払拭させた、地元企業との出会い。

株式会社北洲 石井 和正さん(仮名) 29歳

「あのときに検索していなかったら、一生、地元には帰っていなかったと思います」。そう振り返る石井正和さん(仮名)は、生まれ育った宮城県への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。最初は東京で転職先を探していた。Uターンは全く考えていなかったという。その理由は、「地方に仕事があるとは思っていなかったから」。しかし、帰省した際に、「ないだろうけど」と思いながらインターネットで検索。そこでたまたま出会ったのが、リージョンズと、今働いている会社だった。「自分がやりたい仕事は東京にしかない」という思い込みはもう過去の話。「場所は関係ないということがわかった」と話す石井さんは今、必要とされるやりがいを感じながら、久しぶりの地元ライフを楽しんでいる。

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「家族のため」に決めたUターン。でも自分にとっても「すべてがよかった!」

タカラ米穀株式会社 大西 貴志さん(仮名) 28歳

大西 貴志さん(仮名)は、宮城県出身。だが東京の大学に進学し、そのまま東京で就職した。会社は、業界最大手の青果品卸商社。仕事も面白く、「地元に帰ることなんて全く考えていなかった」という。変化が生まれたきっかけは、子どもの誕生だった。同郷の妻から「地元で子育てをしたい」といわれ、初めてUターンを考え始めたが、気になったのはやっぱり仕事。「はたして地元にやりがいを持てる仕事があるのか?」。でも、リージョンズに紹介された会社が、本気にさせてくれた。今、「転職して、すべてがよかった」と話す大西さん。その充実した表情は、この転職が家族のためだけでなく、自分自身のためにもなったことを物語っている。

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国際貢献活動に従事する人々に刺激され公務員からキャリアチェンジ

金属商社A社 大西 聡さん(仮名) 42歳

大西 聡(仮名)さんは国家公務員として15年間勤務して退職し、医師を目指して医学部入学に2年間チャレンジした後、金属商社A社に入社したという一見、変わったキャリアの持ち主である。社会人として長い経験を積んでから改めて医師を志望したのは、公務員時代に駐在したナイジェリアやセルビアで国際貢献活動に従事するNGOの人々を目の当たりにしたのがきっかけという。医学部進学がかなわず就職活動をスタートさせてからも、こだわったのは「社会貢献に力を入れている会社」だった。現在、輸出や海外拠点のリサーチに従事する大西さんに、自分の信念を軸に展開した転職活動について話をうかがった。

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