採用が経営を変えた瞬間

企業TOPインタビュー

宮城を代表する企業の経営TOPに、事業ビジョンと期待する人材像についてお聞きしました。

震災後の瓦礫の山から「世界」へ。地域企業の立ち位置を変革する。

株式会社MAKOTO
代表取締役 竹井 智宏

更新日:2022年7月06日

東北大学大学院生命科学研究科博士課程修了。仙台のベンチャーキャピタルに勤務していた2011年に東日本大震災を経験。同年7月に株式会社MAKOTOを設立。2011年、米カウフマン財団より、日本人で8人目のカウフマンフェローに選出。2017年には、Forbesより、日本を元気にする88人に選出。東北大学特任准教授(客員)。
※所属・役職等は取材時点のものとなります。

チャレンジする起業家こそが、東北のコア、という信念。

私がMAKOTOを立ち上げたきっかけは、2011年の東日本大震災です。多くの命と、かけがえのない日常が、あっという間に失われた。瓦礫の山を目の当たりにして強く感じたのは、東北の立て直しには若い力が欠かせない、ということです。現状に怯むことなくチャレンジする起業家が、東北のコアになる、と。震災前もベンチャー志向者がいなかったわけではありませんが、どなたも孤軍奮闘でした。それらをサポートする仕組みがあれば、大きなうねりになると思いました。その仕組みが必要だ、と考えたのです。

そんな思いを起点に、MAKOTOは東北において起業を志す人々を対象にサポートを行ってきました。例えば、その一つがアクセラレーター事業、すなわちベンチャーのスタートアップを加速させるプログラムの実践です。自治体と手を組んでロールモデル候補のベンチャーを発掘する、東北大学で起業教育の年間講座を開設する、また起業家サークルと関わりを深める、といった活動を行っています。同サークルからは、数年で10社弱のベンチャーが誕生しました。もう一つはファンド事業です。ベンチャーに集中投資を行う「ステージアップファンド」を立ち上げたり、倒産した起業家の再チャレンジに特化した日本初のファンドを組成するなど、ベンチャーの資金需要を支えています。

必要だったのは「熱量の密度」

MAKOTOグループがこうした活動を始めて10年。東北のベンチャーの状況はかなり変わってきた、と実感します。例えば、私たちが連携する東北大発のベンチャーは、2017年に86社、2021年には157社と急増しています。「ベンチャー不毛の地」などと言われたかつての東北の姿は、もはやありません。上場を目指す起業家が続々と現れ、実際に事業規模を数倍に拡大したベンチャーも誕生しています。

東北に限った話ではありませんが、変革を生み出す時に必要なのは、熱量の密度です。起業を志す人、情熱を持った人など熱量の高い人が集まれば化学反応が起きます。その環境作りをしてきたのが私達です。「東北にも志のある企業家が絶対にいる、旗さえ立てれば絶対に集える」と思っていたら、やっぱりいた。そしてそういった起業家が集まればホットスポットになる。それを見た外部の人にも面白く見えてくる。そうして全国規模の支援者ともつながっていく。薄く広がっていたものを、集め、可視化し、爆発を生む。そんな事が起きたのです。それによって、例えば以前なら、首都圏の大企業に行くしかなかった意欲ある人達が、お互いに出会える環境ができ、成果になり始めました。

「起業家のアイコン」としてのMAKOTOグループ

ベンチャー支援環境が充実するとともにMAKOTOの事業も発展し、現在ではグループ全体の運営を担うMAKOTO、創業・企業支援を行いファンドを運営するMAKOTOキャピタル、自治体連携で地方創生事業を進めるMAKOTO WILLと3社に分かれました。またグループ協業によるノウハウやネットワークを広くシェアしたいと考え、他に4社をグループに招き入れています。自グループ企業には、運営費を拠出いただく以外、一切の資本関係はありません。サービスや事務関係、そしてノウハウをシェアし、そのメリットを享受してもらう事で、それぞれの事業を加速させる事がグループ化の意図だからです。どういう環境を整えたら、地域からチャレンジャーが生まれ、そして育つのか。私が重視するのは、常にその点だけです。

東北で学ぶ学生たちのマインドも変化しました。昔なら大学を出て、東京の大手で就職したであろう人材が、「起業に興味がある」とMAKOTOに集まってくるのです。伸び代しかない彼らの中から、飛び抜けた才能も出てきています。彼らは最初から「世界を目指します」と当然のように言います。本当に変わったと実感します。東北に残って、社会のために何かやりたい。MAKOTOが、そういった若者をひきつけるアイコンになっているのだと思います。実はMAKOTOキャピタル・MAKOTO WILLとMAKOTOの資本関係も解消し、完全に独立した会社として2社を若手経営者に委ねることになっています。一人ではできないような変化を社会に生み出すための土壌、MAKOTOはそんな場にしたいと思っています。

「社会課題の解決」という世界の潮流の先端で。

この10年で東北の起業家を支える仕組みは一通り揃いました。互いが支え合って発展する、東北型エコシステムが築けたと思います。今後私が行うべきなのは、このエコシステムを、私が存在しなくても機能する地域プラットホーム、言わば装置として継承することです。

私は震災後の瓦礫の山に直面し、MAKOTOを立ち上げました。今、ソーシャルアントレプレナーという言葉が珍しくなくなり、国内のみならず世界でもそういう潮流が生まれています。むしろ「社会課題の解決」が世界のメインストリームになっています。共同体として社会の資産を分かち合い、助け合って社会の課題を解決することが、よりより未来につながる。そう実感する人が、世界に増えているからではないでしょうか。実は、以前から東北は共同体意識のもとで、課題を解決する土壌があり、また機能しています。言わば世界の潮流の最先端を行っていたわけです。その土壌のもとで、「東北は面白い」「東北は熱い場所じゃないか」と多くの人に感じてもらうためにも、この仕組みをさらにビジネス的に昇華させるのが、私の役割の一つです。

地方企業の立ち位置を変革するために連続起業家として「自分自身がやる」

もう一つ、次は私自身が新たなチャレンジャーになるべきじゃないかと思っています。「エコシステムはほぼできあがった」と言いましたが、まだ不足しているものがあります。それはコアとなる企業です。地域的にも経済的にも影響力のある企業が、オープンかつ対等な姿勢で他企業や自治体と手を取り合い、プロジェクトを進めていけば、発展は加速します。私たちが目指すのは、資本関係のあるピラミッド構造ではなく、人も事業もナレッジもオープンに還流する、フラットな関係です。そのコアになれる会社を、自ら創ってみたい。東北発で全国、そして世界に発信できる事業を考えています。

震災は、東北から多くのものを奪い去りました。しかし、そのギリギリの極限を目の当たりにしたことで「自分にも何かできるはずだ」と立ち上がった人が大勢います。私も同じです。人生の中で大切なものを失ってきたからこそ、残された自身の命を燃やし尽くし、社会のため果たすべき役割を果たさなければならないと、強く感じます。

志を持った起業家が誕生し、支え合い、時代に横たわる大きな課題を解決する。そんな仲間が、MAKOTOグループには、東北にはたくさんいます。世の中、息苦しいと感じながら日々を送っているなら、今までと違う場所に目を向けるのもいいかもしれません。効率性とかコストパフォーマンスばかり押し付けられギチギチになる生活に、幸せはあるでしょうか。そうではなく、つながりの感じられる、幸せに生きられる場所を見つけてほしい。MAKOTOグループにその価値を見出してくれるのであれば、私たちは喜んで歓迎します。

震災後、スタートアップのエコシステム構築のみならず、東北経済のど真ん中、また最もエッジーな場所にいらっしゃったのが竹井さんです。私は、この十年の東北ビジネス界の流れや動きの中には、常に竹井さんがいたと思っています。竹井さんは常々おっしゃいます「命を燃やし尽くしていきましょう!」と。社名通りの誠と信念を、日常から感じさせてくれる尊敬すべき事業家です。そして東北に広がった「竹井チルドレン」とも言える方々の存在は今後の東北を動かすエンジンになるのは間違いありません。是非、この渦に、地域を思う皆さんにも飛び込んでほしい、そう思わずにいられません。

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